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1960年代後半から同じ呉羽製丸っこいボデーの
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三菱ふそうが60〜70年代に市場に送り込んだ長距離、中距離向けの高出力車両です。三菱B8系列は、MR系列と並行して生産されていました。MR系とB8系を比較するとB8系の方がエンジンルーバーもかなり小さいので、分かりやすいと思います。シートの背もたれが長距離用である点と屋根のオデコ3灯を見ると、貸切に中ドアを増設したと思われます。 |
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1973年度より呉羽製ボデーもモデルチェンジにより丸っこさが取れました。 |
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翌年も同じMR520は導入されます。こちらはメロディーバス用にスピーカーが付けられています。 |
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このスタイル、バス窓が懐かしいですね。この頃からシートは茶色のビニールシートでした。 |
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羽後交通で長年運行していた電車線(横荘線、西馬音内線)が1971年から1973年にかけて廃止になり、代替用として |
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三菱の小さな大型路線車MM系は1975年頃から1980年までの間、同じタイプの日野RDと継続して導入していました。 |
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| 昭和50年代初め、ワンマン化を進めるためにまとめて入れた車両でした。 | |||||||||
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| 田沢湖、境を除いた営業所にはMM系が配置されていました。 | |||||||||
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| MM104H導入状況は、1975年に392号車、1976年に525〜527、529〜532号車とまとまって入りました。 | |||||||||
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| 1977年度は、688〜690号車までです。 | |||||||||
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中型貸切に中ドアを増設して路線転用していましたMK115F改です。同じ型式は1978年に779号車がありました。 |
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| 翌年からは、MM115Hと型式が変わりますが、外観は変わりません。 | |||||||||
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| 1978年度は1978年は789〜795号車まで7台です。このスタイルの路線車は勢力を拡大させます。 | |||||||||
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| 1979年は866〜872号車までとなっております。MM系のメトロ窓は1979年度で終わります。 | |||||||||
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| MM系と平行し、中型路線車MK系も導入されていました。1979年車は、853〜855号車まで。 | |||||||||
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翌年からは、排気ガス規制がK−になり型式もK−MM116Hとなります。外観は、今までのMM系ですが最後の導入からは |
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| MK系もK−MKになりましたが、外観はそのままです。 | |||||||||
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翌年1981年は、1161〜1167号車までまとまって導入されました。 |
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58、59号車と2台あったローザは、元々は小型貸切です。 |
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| 1982年にMK系はモデルチェンジされ、K−MK116Jになります。その頃からこのスタイルになりました。 1982年に1267、1268号車の2台導入後、1年間ブランクがありましたが、1984年に1393、1394号車と2台導入されました。 |
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1985年車は、1465、1466号車の2台。MKの自社発注は平成に入るまで導入されていません。 |
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