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| 羽後交通の首都圏転入車両第一号車です。象潟に1台だけ配置されたK−CCM410です。.系統幕と側面幕は埋めています。 | |||||||||
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| 3台転入された、千葉中央バスからのCJM。側面幕と系統幕は潰していました。 | |||||||||
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| 川崎鶴見臨港バスから初めて転入されたうちの1台。大型方向幕、側面幕を羽後交通で標準になったきっかけでした。 | |||||||||
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| 現在もスポンサーになっている館の井酒造の初代ボデー広告車です。 | |||||||||
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| 小田急バスから初めて転入されたECMです。小田急で在籍していたECMは、羽後交通と東海バスで分け合いました。 | |||||||||
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| 都バスから転入されるようになったきっかけの車両です。都バス転入車は羽後交通が一番最初に購入した事業者です。 | |||||||||
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| 1991年夏、羽後交通の首都圏からの転入車両を大量に入れた1台。冷房化は急速に上がりました。 | |||||||||
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| 最初の都バスからの転入車両の富士3ECLM。P−H代(巣鴨所属の昭和55年車)でした。 | |||||||||
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| こちらは、メロディバスとして山内の過疎路線に向かう姿です。 | |||||||||
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| 小田急時代は、狛江地区で活躍していました。 | |||||||||
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| ローカル路線が主体の羽後交通でも経済性がよく、使い勝手が良い車両でした。 | |||||||||
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| 小田急からの富士3ECJMは、2台だけの少数派でした。 | |||||||||
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| 高馬力高出力車のCPM520。小田急時代は、川崎の団地路線で使用していました。 | |||||||||
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| 3台だけの転入となった都バスからのCJM470。予室式エンジンの車両でした。 | |||||||||
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| 元R−L568(臨海所属の昭和57年車)。角館で第2の人生を送っていました。 | |||||||||
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| 元P−L568(巣鴨所属の昭和57年車)。都バスからの5ECJMは、346、347、370号車の3台でした。 | |||||||||
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| 上記の5Eとまとめて転入されたのだと思われます。 | |||||||||
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| 小田急からは富士5EのCJMも転入されています。 | |||||||||
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| 3台が転入された1983年車のCJM500。大曲536、湯沢537、横手541号車でした。 | |||||||||
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| 都バスからの初めてのLVは1984年車からです。写真の528号車は境所属でしたが早期に廃車になりました。 | |||||||||
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| 川崎鶴見からのP−LVは、少数派です。増え始めるのはU−代からです。 | |||||||||
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| 都バス時代は元S−V657。富士7Eボデーの最初の転入車です。写真の67号車は、 機械式オートマチック車でしたが、オートマチックの不具合?で早期に廃車になりました。 |
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| 都バスからのいすゞ中型車は、1984年車から。羽後交通転入後、車齢が22年以上超えるまで在籍していました。 | |||||||||
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| 都バスからのいすゞLRは、田沢湖を除いた各営業所に配属され、機動性がよく好まれていました。 | |||||||||
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| 2004年秋、角館営業所にて。同僚の607号車と第二の人生を武家屋敷と 大自然に囲まれながら角館の地で全うしました。 |
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| 都バス時代は小滝橋にいたと思われるLRです。 | |||||||||
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| 初期の転入車両は、側面幕位置が第二窓でサッシが銀色です。 | |||||||||
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| 由利本荘地域でもLRは在籍していましたが、同じ都バス練馬から来たRMに圧倒されていたような・・・・。 | |||||||||
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秋田中央交通と同じ時期に小田急バスからLV314Lが転入されました。 |
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富士5Eは1985年〜1987年車まで来ていますが、秋田ナンバー500番代は全滅です。 | |||||||||
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都バス時代はS−N365。1984年車もかなり長く生き延びました。 |
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659号車のみ、何故か大型方向幕を標準に詰めて使用しています。 |
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いきなり廃車準備中、画像ですみません。画像の92号車は1987年式です。 |
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