羽後交通では古くから日産ディーゼルの大型路線車を導入していました。過去に富士重工R3ボデーのU20Lあたりが多数在籍されていましたが、首都圏から来た転入車両と入れ替えられました。富士重工5EボデーのN−U36Kを皮切りに富士重工7EボデーのP−U32K,P−U33Kと立て続けに導入してきましたが、U−代からは導入がありません。ここでは、羽後交通で活躍する日産ディーゼル大型路線車をご紹介いたします。
※羽後交通は転属が激しい為、所属表記はしません。
2008年6月1日 P−U33K 277号車の画像を更新いたしました。
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| 都バス時代はN−N452の番号だった647号車。僅かしか残っていないP−代初期のU32Kです。 | |||||||||
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| 昭和60年度からは、側面幕位置が一番前へ。枠は金具で押さえています。 | |||||||||
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| 都バス時代は日産ディーゼルの所属営業所、元北か元江東、元練馬の所属でした。 | |||||||||
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| このタイプが多く羽後交通へ流れています。 | |||||||||
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| 都バス時代は江東所属だった元L−P618の771号車です。 | |||||||||
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| 珍しいラッキー7。ナンバーが777です。 | |||||||||
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| 秋田ナンバー880番代で中引戸が最後になります。 | |||||||||
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昭和63年車から、中扉がワイドドアに変わります。
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| 羽後交通へこのタイプの転入は少なかったです。 | |||||||||
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| 同型車で現在確認できているのは湯沢61、78号車、角館75号車、本荘79号車です。 | |||||||||
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| 平成元年式から富士7Eボデーに変わります。画像の55号車は機械式オートマチック車です。 | |||||||||
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| 機械式オートマチック車はかなり整備が大変らしいですが、うまく使いこなせている様です。 | |||||||||
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1990年は排気ガス規制記号がP−からU−に変わりましたが、羽後交通ではP−U32Kしか転入されていないことが分かりました。 |
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U−代は転入されることがなく日産ディーゼル大型路線車の導入は終わりました。 |
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