はい。 ようこそ! 浜松発祥の ステッキガールの事です。 今で言う コンパニオンの事ですね。私は 一度も利用した事はないけど、客として それらの関連の人が見えたので 裏も おもても 少しは知っています。
舞妓  半玉はだらりの帯で 舞う 少女です。京都の花ですね。良く芸能人と浮名を 流す舞妓も居ますが、まだ 半人前です。芸と 人間性を高め 芸妓になって一人前の 芸妓となって ひとり立ちするのでしょうね。
京都でお座敷遊びなんぞするのは お金持ちしか出来ませんね。テレビでお大臣が遊ぶのを見るだけですが。芸妓さんを呼ぶのは、普通、 芸妓 芸者を置く 置き屋があり 此処に料理屋などから連絡が入り 芸妓さんたちを 送り出すのでしょうね。それらをまとめる 検番があり ここで色々統制しているのでしょうね。
芸妓さんたちはお座敷で芸を売るのですが。 その 料金は京都あたりでは きっと高いのでしょうね。玉代 「ぎょくだい」と言うのですが、線香代 つまり線香一本が燃え終わる時間を言うのです。花代「はなだい」とかも言いますよね。
本場京都などは 着物も高価な物を着て お金持ちが それらを負担しているのでしょうけどね。って なんかの本で読んだことがありますが。
そんな高級なものじゃないけど 浜松発祥の物として「ステッキガール」と言う物がありました。ご存知ですか。京都とは大違いで浜松は戦後糸偏商売 つまり織り屋、なかでも綿織物が大活況をしていて 俄金持ちが出来 安いお座敷遊びが大流行し 昔で言う 酌婦が 足らなくなり 遊び人の 折り屋の大将が始めたのが 「ステッキガール」なのです。
だから 浜松以外の方は知らない人が多いと思います。 芸を仕込まれた芸者さんもいました。、その人達とは別でしたが 普通の主婦や 女性がなんの芸も無いのに始めれるのです。
田舎から出てきた娘さん 織屋などで働いていた女工さんが夜遊びを覚えて そっちの道に行ったりデパート嬢から バスガールから 昨日まで違う仕事をしていた人ばかりですね。夜遊びの末ですから、ほとんど遊び人の男が いわゆる紐でついています。
手軽に料理屋のお座敷や 宴会場 スナック バーなど どこでも その店の主人に  「ねえ。 ステッキ呼んでよ。 一人か二人でいいよ。]って 言えば その店から  置屋に電話が入り 置屋の主人が そこに待機している何人かを 派遣します。置屋を 出る時から線香代は入るのです。今は線香は焚かず、一時間を 四十分として計算するのです。
待機している女性達も指名がないかぎり順番で出かけますが、年だって訳はわかりません。頭だって日本髪など結いません。かつらですね。着物だって 化繊で洗濯機でジャブジャブ洗える奴ですよ。
置き屋からタクシーで 指定の所に行き 客の求めにあわせ 一緒に酒を飲んだり  話し相手になったり歌ったり 出来るお座敷遊びをしたり、40分を線香代一本として計算し 置屋に帰るまでの時間を計算し 請求書を 個人か 店の主人に渡し帰るのです。
昭和30年から60年ころまでステッキを利用する人が多かったですね。私が若い頃は歓楽街をステッキを連れて歩く 酔っ払いがいっぱいいました。その頃は 糸偏商売もすっかりなりを潜めていましたが、世の中は右上がりでした。
その後、ステッキから名前をコンパニオンと変えて 着物から洋服に成り 引き継がれ 今に 至っています。
そう言った遊びをした人達は 我々 団塊の世代の上の人達ですね。その人達が一番金を使い 遊んだみたいですね。だから 私も忙しかったのでしょうが、その人達が70歳を 超えて 元気がなくなり 不景気も輪をかけたのでしょうね。ここまでです。ありがとう。

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