先日の三段山でGANさんに薦められて芦別岳本谷コースへ行こうと思い立った。ダンパラさんは登っているのであまり乗り気ではない様子だが、気にせずにいくのだ芦別岳本谷コースと言えば、地獄谷と言われているところらしい。そこで、地図でルートを確かめ、GPSもセットして2日夜出発。日付が変わる寸前に太陽の里に到着し仮眠。
翌3日は4時起床して5時前に出発。旧道は殆ど夏道だった。 |
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| 花咲くキャンプ場から出発
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登山道脇の山桜も満開 |
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下の方の雪はすっかり融けている |
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旧道の途中から沢に沿って左に折れてユーフレ小屋に向かう。ユーフレ小屋周辺も雪は少ない。本谷目指して沢を詰めていくが、雪が少ないので多少慎重に歩かないと踏み抜きそうだ。いよいよ問題のゴルジュだ。 |
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| おなじみの丸太渡り
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雪も少ないユーフレ小屋 |
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ゴルジュ手前の雪渓を登る |
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GANさんが登った4月29日はゴルジェは埋まっていたが。当日はとうとう口を開けていた。高巻くのは大変そうなのでしばらくどうしようかと考えていたが、後ろから来た3人のパーティーが既設のザイルを使って崖を登りあっさりと高巻いて行ったので、何とかなりそうだということで、高巻くことにする。しかし、先のパーティーのようにヒョイヒョイとはいかず、ゴルジュを高巻く急斜面を登って降りるのに30分ほどかかった。
ゴルジェを過ぎて傾斜が急になり始める地点で大休止していた先行した3人のパーティーと出会う。そこで出来たばかりの汁粉と昨夜作っていただいたと言うパウンドケーキをいただく。これが当日最後の食事になろうとは神ならぬ身、知るよしも無かった。お礼にダンパラさんが前日焼いた梅シフォンケーキを差し上げる。このパーティーはここで引き返すと
のこと。見放された気分になりながら3人のパーティに別れを告げ谷間を進む。 |
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| ゴルジュが口を開けていた
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崖をよじ登ってゴルジュを高巻く |
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先行者と合流。汁粉がおいしかった |
ダンパラは昔本谷を登ったことがあり、晴天のおかげで視界はばっちりというということで地図も見ないでGPSもし
まったままで余裕で進む。そこは地獄谷。そういう好条件の中で沢を間違えた。途中間違いに気づいたが、「若さゆえの過ちを認めたくない」し、いずれ旧道に出られるだろうと考えて急斜面を強行した。しかし天国に近づくようで実はますます地獄に近づいていったのだ。
傾斜がどんどん急になる。崖上部の雪のブロックは舌なめずりをしながら私を見下ろしているようだ。とうとう、上に行けなくなった。腐った雪のハングを超えるのは無理だ。ここに進退窮まった。地獄谷に捕らえられたのである。こういう場合は、間違えた地点まで戻るのがセオリーである。が、アイゼン・ピッケルでやっと登ってきた急斜面を降りるのは実に大変だ。ザイルで確保しながら慎重に降りる。
15分かけて10mぐらい降りたところで、1つ向うの崖で雪崩。さらに20mぐらい降りたところで対岸の崖の上のブロックが轟音と共に崩れて、私の予想進路上を横切った。テキパキと降りていたら自動車なみのスピードで滑り落ちる数トンの雪の塊に直撃されていただろう。あわてて上に登る。「当たらなければ、どうってことは無い」と冷静にはいられないのである。しかし上に登っても何も解決しないので再びピッケルとアイゼンとザイルに命を託してゆっくり降りる。結局戻るやっと登ってきた急斜面を降りる。登りの3倍以上時間をかけて食事も摂らずに分岐まで戻る。その間、今日出来たであろうデブリの後を3箇所横断した。 |
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| 地獄の待つ本谷へ向かう
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間違った沢へ進むみ傾斜が急になる |
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進退窮まり、下山を決意 |
今度は地図をよく確かめて、コンパス切ってGPSも確認して本谷へ登りなおす。所々ある亀裂の下は避けながら本谷を登る。稜線上に出たのは夜の帳が降りる寸前の午後7時だった。これおで、ようやく地獄から脱出だ。
そのまま芦別岳山頂を通り新道コースを下りようと私の意見は無視され、その日は芦別山頂まで行ってビバーク。ツェルトを広げてエマージェンシーシートにくるまり食事も摂らずに就寝。背中は痛かったが、季節外れの暖気のおかげで寒さになやまされることも無く朝を迎えることができた。 |
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| ようやく本谷へ登り返す
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山頂到着は午後9時ぐらい |
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翌朝下山。地獄は遥か彼方に |
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朝食後、新道コースで下山。山頂直下の雪渓は凍りついており、アイゼンを効かせながら降りていく。上の方は残雪でルートが雪の下になっているところもあったので、夜間に下山したら危険だったかもしれない。やがて雪は無くなり、桜咲く公園に無事下山した。 |