BattleShipGirl/Original Novel

「闇の雨」

<忘れない、忘れないでしょう>


「ほんと嬉しかったよ、祐太郎」
 嘘じゃない。
 嘘なんて、つけるはずがない。
 微笑みは、心からの微笑み。
 最後の。きっと最後の。
「ナツミ!」
 祐太郎。
 ナツミが恋した、祐太郎。
 この世にたった一人の、祐太郎。
 祐太郎も、いなくなる。
 誰とも、もう逢えない。
 アキ、ハースト、ヒカリ、高杉、ムラマツ、アズミ、モミジ、カエデ。
 祐太郎。

 通信も途絶えて、ついに何の声も聞こえなくなった。
 なにもない。
 だれもいない。
「きゅー……」
 ワッフル。
 間違いなく、これはワッフル自身の意思。
 誰に強制されても、ここに来るだろう。
「ワッフル……」
 ナツミは分かっていた。
 はじめから分かっていた。

<ただ欲しいのは悔やまない心>


 時は流れる。
 どんなに悲しくても、どんなに苦しくても。
 流れは速くならないし、遅くもならない。
 その気になれば、ナツミにはワームホールに入ってからの経過時間を数えることができる。一時間、二時間、三時間、四時間……十時間、二十時間……一日、二日、……きっと永遠に数えられる。
 永遠に数え続けるだろう。
 きっと数え続けるうちに、武器管制システム、照明、データベース、次々と何かが失われていく。
 最後には、人格すら失われるかもしれない。
 たとえ酸素が尽きたとしても、ナツミは生き続けることが出来る。そして、身体が失われるよりは精神が失われたほうがより苦しい、つらい最期になる。
 身体の死であれば、きっと祐太郎のことを考えながら。精神の死は、それすら失われることとなる。
 それは、まさに最悪なこと。誰もが、考えたくないこと。
 もしも助からないのならば、せめて安らかに眠れればいい。
 愛とは、身体よりも精神に依存する。実際ナツミは精神で生きているようなもの。愛するために現れた存在かもしれない。
 だから、ナツミは孤独を選んだ。
 愛は、時に自己犠牲へと形を変える。昨日の真実が今日の嘘になるのと同じく、昨日の愛が今日の悲しみへと動くこともある。
 それでも、幸せなのだ。
 それが愛。自分が幸せになりたい、という自己の願望と同時に、相手に何かしてあげたい、という他者への奉仕もまた愛だ。
 祐太郎なら、間違いなくナツミを助けようとする。それもきっと愛。それをあえて拒否するのも愛。二つの愛は、間違いなくお互いに届いているはず。たまたま距離がそれを証明してくれないだけ。
 祐太郎は、ナツミのところに行こうとしていた。絶対に助けよう、そういう決意でいたにちがいない。しかし、それを受け入れてしまうと祐太郎はきっと不幸になる。
 アキはどうなる?みんな、不幸になるんだ。
 それは、嫌。
 だからナツミはここにいる。みんなのため、そして最後には自分のため。
「ひょっとしたら、あたしはいなくなっちゃうかもしれないよね。今じゃないけど、いつかは。
でも、不思議と怖くないのよね。理由は、……わかんないけど」
 ワッフルに話し掛ける。
「きゅー……」
 意味は、なんとなく、いや正確に分かった。
「うん、祐太郎だから、だよね」

<一瞬に鮮明に思い出される風景>


 祐太郎だから。
 これでしか、語り尽くせない。
「好き、っていうのは言葉じゃうまく表せないのよね。理由をつけて『ここが好き』っていうのよりも『なんとなく』っていうほうが思いとしては強いと思うんだ。……あたしもそう」
 ナツミは考えたり悩んだりするタイプじゃない。なぜなら、一時間考えて実行するよりはすぐに実行したほうが、気が楽になるから。
 まっすぐ前をみつめて、歩いていく娘だ。
「覚えてるんだ。……出逢ったときのことから、ついさっきまで、ずっと。いつだって、忘れてないよ」
 たくさんの思い出が、眠っている。
 いや、眠ってなんかいない。常に輝いている。
 いつでも、いくらでも、すぐに情景を思い浮かべることが出来る。
 人とは、忘れゆくもの。いずれ消え行くかもしれない、鮮やかなセピア色のものが、記憶。
 ナツミの記憶は、同時に記録でもある。客観的に見たものでもあり、それを主観的に見つめたものでもある。
 何もかも、永遠に忘れない。それは、データバンクに記憶しているから。
 でも、だからといってナツミが人間でないというわけではない。それは誰もがよく理解している。
 皆、ナツミの存在は特別ではないと知っている。同時に特別でもあると知っている。
 忘れない。
 笑顔、涙、戦い、友情、すれ違い、理解。
 祐太郎。
 何もかも、忘れない。
 たとえデータバンクの記憶であっても、身体を持った神代ナツミの一生が、そして人格付与戦艦ナツミの一生が、今のナツミを生んだ。
「だから、あたしはナツミ。祐太郎がいるから、ナツミなんだよ。……これからも」
 たとえもう二度と逢えなかったとしても、きっとナツミは安らかにいられるはず。もしももう一度逢えたとしたら、きっとナツミの幸せだろう。
 いつまでも、祐太郎がそこにいるから。
 きっと。

<闇の雨>


 もう一度、祐太郎に逢えるのだろうか。
 そんなことを考えていた。
 やっぱり、ナツミは心細かった。
 精神は人間なのだ。
 コンピューターというデバイスを通しても、ナツミが人間であることに変わりはない。
 その証拠に、ナツミは悲しくなる。ゲームみたいにリセットすれば元通り、なんてことはない。ほんの少しのすれ違いで心は傷つくし、そう簡単に癒えることはない。
 人間だから、そうなる。人格付与艦よりも人間に近いものは、即ち人間だ。
 身体の有無はどうにでもなる。でも、心だけはどうにもならない。人格は作れても、心とはまた別なもの。
 人間であるナツミは、人間の持つ悩みを全て持ち合わせている。
 恋、不安、恐怖、そして孤独。

 ワームホールが開けば、戻れることは分かっている。
 ただ、開くかが問題だ。
 たいがいそういうのは予測できないことが多い上、それまで待っていられるかも分からない。
 百年経って、何もかもが変わっているかもしれないし、祐太郎が迎えに来るかもしれない。
 何もかもが推測、そして希望、可能性でしかない。
「あたしが、信じなきゃね。きっと戻れるって、また……祐太郎に逢えるって」

 十数時間の後、艦長席にはナツミの寝顔があった。
 待ちくたびれて、眠ってしまった。
 目がさめたら、ナツミはどこにいるのだろうか。
 それは、まだ分からない。

―待ってるはず。闇の向こうに、
あなたは、いるはず……―
 
アップするのが遅れてごめんなさいですー(><)。
ナツミはやっぱり前向きじゃないと、ですね。祐太郎も見習って…(笑)。
ワッフルが何か良い感じですよね…vナツミもひとりじゃなかった、って感じで。
Mayさん、本当にありがとうございましたーっ!
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